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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)43号 判決

原告 ノブコ・ケミカル・コンパニー

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

原告のため上告提起の期間として、二ケ月を附加する。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十八年抗告審判第一、一〇二号事件について、特許庁が昭和三十年四月二十三日になした審決を取り消す、訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は千九百四十九年(昭和二十四年)六月十四日アメリカ合衆国へなした特許出願に基く優先権を主張して、「脂溶性ヴイタミン用の乾燥担体」について昭和二十五年六月八日特許を出願したところ(昭和二十五年特許願第七四七七号事件)審査官は昭和二十八年四月二十八日、本件出願は医薬自体に特許を請求しているものと認め拒絶査定をしたので、原告は昭和二十八年七月十四日右出願を「脂溶性ヴイタミン用乾燥担体の製造方法」に訂正し、抗告審判を請求したが(昭和二十八年抗告審判第一一〇二号事件)、特許庁は昭和三十年四月二十三日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同年五月十二日原告代理人に送達された。(なお右審決に対する訴提起の期間は、昭和三十年十月十一日まで延長された。)

二、本件出願発明の要旨は、「融点が最低摂氏四五度なる通常は固形体である蝋状原料(a)、脂溶性ヴイタミンA含有原料及び脂溶性ヴイタミンD含有原料から成る群から選んだ脂溶性ヴイタミン含有原料(b)、食用に適する表面活性原料(c)、及び食用に適する酸化防止剤(d)から本質的には成る流体を、高温度において、(a)(b)(c)及び(d)が緊密に結合されていて、(a)の重量が(a)(b)(c)及び(d)の合計重量の約三〇%から約九〇%の間にあり、かつ(c)の重量が(a)(b)(c)及び(d)の合計重量の約〇・五%から四〇%の間にある小滴に形成すること、及び該小滴の温度を下げ以てこれを粒子の大部分が一〇メツシ篩を通過するが、一〇〇メツシ篩を通過しないような大きさのほとんど固体なる橢円体粒子に変ずるようにすることからなることを特徴とする脂溶性ヴイタミン用乾燥担体の製造方法」に存し、その目的はヴイタミンで強化しようとする食料及び飼料に使用する担体で、しかもこれを使用することによつて、ヴイタミンの有効性を大ならしめ、従来達成することが困難であつたその安定性を著しく大ならしめ、かつ製品の価格を廉価に維持し得るものを供しようとするものである。

これに対し審決の要旨は、「融点が摂氏五〇度程度の蝋状物質、脂溶性ヴイタミン含有物質等から成るものを溶融混和し、冷却后適当の丸剤とすることは、特許第一七五六〇九号明細書(昭和二十二年特許出願公告第一三七八号公報)に記載され、原告主張の優先日以前公知である。そこで原告の発明と引用例とを比較すると、両者は融点が摂氏四十五度以上の蝋状物質、脂溶性ヴイタミン含有物質等から成るものを溶融混和し、これを冷却して固体状とする方法である点で一致していて、ただ前者においては、原料として更に表面活性原料、食用酸化防止剤を使用するのに対し、後者においては、これに関して記載せられず、又前者においては原料物質の量的割合及び製品の大きさ並びに形状について限定しているのに対し、後者においてはこの点に関しては触れておらず、これらの点において両者は相違する。しかし酸化を防止するために酸化防止剤を使用することは、極めて普通に知られていることである。しかのみならず脂溶性ヴイタミン含有原料に表面活性原料を添加して、本件出願発明と同様の効果を生ずることは、抗告審判において、同時に引用した特許第一〇〇九五〇号明細書(昭和八年六月二日発行)に記載され、原告主張の優先日以前公知であるから、このような物質を同時に使用することは、必要に応じて容易に推考し得る程度のことである。また原料物質の量的割合及び製品の大きさ並びに形状等を、その目的に応じて決定することは、当業者の必要に応じて任意に為し得る程度のことに過ぎない。従つて本件出願発明は、上記引用刊行物に記載されたものを、単に寄せ集めたものに過ぎないから、特許法第一条の発明を構成するものと認めることができない。」としている。

三、しかしながら本件の出願発明は、前記審決の述べるところと異り、その特許請求の範囲に示すとおり、極めて特殊な種類の原料物質を用い、その割合及び製品の大きさ並びに形状においても引用のものと異り、その製造方法は、本件出願において始めて開示された新規なものである。従つて引用の特許明細書に本件出願発明が容易に実施し得べき程度に記載されたとする審決は違法である。これを詳述するに、

(一)  原料物質について、本件発明は、蝋状物質、脂溶性ヴイタミン含有物質、表面活性剤、酸化防止剤を配合する方法であるが、引用特許第一七五六〇九号は、鯨蝋、ヴイタミン含有物質、胚芽粉末又は糠粉末を配合する方法であつて、表面活性剤及び酸化防止剤を配合していない。しかも本件出願において、特許請求の範囲として明記したところは、前記配合を総括したものではなくて、それらの特定の配合割合である。

(二)  本件出願発明の方法では表面活性剤を配合するが、審決の引用した特許第一七五六〇九号には、かゝる配合が全然記述してない。審決は別に特許第一〇〇九五〇号を引用して、表面活性剤を配合することが公知に属することを例示した。これは肝油にアラビヤゴムを配合したものであるが、その最終製品は肝油の水性乳濁液であつて、本件出願方法のような乾燥固体ではない。右特許第一〇〇九五〇号明細書には、本件出願方法に開示する態様で表面活性剤を使用することは全然記載されておらず、暗示されてさえいない。その上該引用特許の製品の安定性について何等の記載がなく、単に長期保存に耐えと記述されているばかりであるから、該引用特許におけるアラビヤゴムの使用は、本件出願方法における表面活性剤の使用と比較すべきものではないと同時に、丸剤を製品とする前掲特許第一七五六〇九号と、水性乳濁液を製品とするこの特許第一〇〇九五〇号とを単に寄せ集めたものと認定した審決の理由は、寄せ集めることが不当なものを、無理に寄せ集めることを想定して、本件発明と比較したものである。

元来この引用特許第一〇〇九五〇号は、肝油の乳濁液に安息香チンキを添加することを特徴とするものであるが、その明細書によれば、アラビヤゴムを加え、更に安息香チンキを添加することが、単に飲み易く、ないし腸壁から吸収を容易ならしめることを効果として明示してあるばかりで、ヴイタミンが安定化される効果ないし、かゝる効果を追究するような目的があつたことは全然記述されていない。従つて該特許を安息香チンキを添加するという特徴から離れて観察することが不当であると共に、アラビヤゴムが表面活性剤としてヴイタミンの安定化に寄与していると認めるような引用は不当である。

(三)  本件出願発明は前述のように酸化防止剤を配合する。しかるに審決は、何等引用例をも示さず、これを単に極めて普通に知られることゝ断定した。この点について審決は十分の審理を尽していない。

(四)  審決は、原料物質の量的割合及び製品の大きさ並びに形状等を、その目的に応じて決定することは、当業者の必要に応じて任意になし得る程度のことに過ぎないと断じているが、この点も本件出願発明を十分に審理したものではない。引用特許第一七五六〇九号は、配合混和攪拌された原料を成丸機にかけて丸剤にする方法である。そしてその丸剤の形状についても、またその大きさについても何等開示していない。一般に丸剤又は錠剤というものは、棒状のものを切断した円板形、両面中凸円板形ないし球状で、一個の重量は三分の一グラムないし二分の一グラム程度である。本件出願発明の方法の製品は、粒子の大多数の大きさが一〇メツシの篩を通るが、一〇〇メツシの篩を通らない程度の大きさで橢円体である。すなわち一個の重量は数百分の一ないし数千分の一グラムという微粒子である。それだから家畜、家禽用飼料に完全に均質になるように混入分布させることができる。かゝる大きさのしかも夫々一個の粒子が完全な成分で構成されている微小粒子を製造するためには、本件出願発明の方法でなければならない。これら原料物質の種類、割合及び製品の大きさ並びに形状が総合された特徴が決定的であつて、本件出願発明によつて、始めてかく微小粒子でありながら、従つて表面積の広いものでありながら、ヴイタミンの安定化効果の顕著な製品を得られるのであるから、これを当業者の必要に応じて任意になし得る程度のことに過ぎないと断ずる審決は違法である。

(五)  本件出願発明の方法が、流体を高温度において小滴に形成し、流体の該小滴の温度を下げて固状楕円体微小粒子に変ぜしめる手順を特徴としていることは、その特許請求の範囲に明記しているにかかわらず、審決は、原料の種類配合等のみにこだわり遂にこの手順そのものをほとんど審理しなかつたのは、審理不尽の非難を免れない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを否認する。

(一)  酸化を防止するために酸化防止剤を使用することは、例示するまでもなく極めて普通に知られているところであり、(引用特許第一七五六〇九号明細書中に記載されている糠、米胚芽等も、ヴイタミンA、Dの破壊を防止する作用をもつことは明瞭である。)かつ、右引用特許において欠如している表面活性剤を脂溶性ヴイタミン含有原料に添加することも、引用特許第一〇〇九五〇号明細書に記載されているところであるから、本件発明の原料物質の配合については、何ら特異性を認め難く、かつその配合の割合も、特許請求の範囲の記載によれば、その範囲が広く、従つて特別な作用効果を有するものとは認め難い。

(二)  アラビヤゴムが、脂溶性ヴイタミン含有原料の表面活性剤であることは、本件特許明細書に明記されているところであるから、引用特許第一〇〇九五〇号においても、当然アラビヤゴムは本件と同様の効力を生ずる。

(三)  酸化防止剤については、(一)において述べた。

(四)  本件発明の方法による製品の大きさが引用特許のものに比して微小であることは認められるが、この種製品の大きさをその目的に応じて適当に定めることは、当業者が必要に応じて任意になし得ることである。

なお形状についても同様である。

(五)  液状のものから小粒子を得る場合遠心力を利用して行うことは普通の手段であり(粉乳の製造等において行われる。)、何等特殊な操作と認められない。

第四(証拠省略)

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争いがない。

二、右当事者間に争いのない事実並びにその成立に争のない甲第一号証の一ないし四、甲第二号証及び検甲第一号の検証の結果によれば、原告の出願にかゝる本件発明の要旨は、

(a)  通常は固形体である、融点が最低摂氏四五度の蝋状原料

(b)  脂溶性ヴイタミンA含有原料及及び脂溶性ヴイタミンD含有原料のなかから選んだ脂溶性ヴイタミン含有原料

(c)  食用に適する表面活性原料

(d)  食用に適する酸化防止剤

を原料とし、これを高温下の流動状態で均質になるまで互に緊密に混和せしめ、その際(a)の重量が全体の重量の約三〇%ないし九〇%になるようにし、かつ(c)の重量が全体の重量の約〇、五%から四〇%の間にあるような小滴に形成せしめ、続いてその小滴となつた混和物を温度を下げて凝固せしめ、その際小滴の固化して小片となるものの大きさを、一〇メツシの篩は通過するが一〇〇メツシの篩は通過しないような大きさの楕円体小片に形成せしめることを特徴とする脂溶性ヴイタミン用乾燥担体の製造方法で、これによりヴイタミンの効力が長期間安定で特に家畜、家禽用の飼料として好適な、消化のよい脂溶性ヴイタミン用乾燥担体が得られることが認められる。

また前記当事者に争いのない事実及びその成立に争いのない乙第一、二号証によれば、審決が引用した特許第一七五六〇九号明細書(以下第一引用例とよぶ。―昭和二十二年九月八日に出願公告がなされている。)には、「肝油その他ヴイタミンADを多量に含有する物質に胚芽粉末又は糠粉末を混和し、これに鯨蝋を適量加えて成丸した後、糖衣することを特徴とするヴイタミンADの糖衣丸剤の製法」が記載され、該鯨蝋(溶融点は摂氏約五十度)について、その配合割合は別段限定していないが、実施例においては、これを原料物質全体の三〇%とし、右製法によつて長期間保存に耐え、かつ服用し易いヴイタミンAD丸剤が得られることを記載していることが認められ、また同じく特許第一〇〇九五〇号明細書(以下第二引用例とよぶ。―昭和八年一月二十三日に出願公告がなされている。)には、「アラビヤゴムを添加して肝油を乳化させることは公知の方法であつて、右発明は、アラビヤゴム液で乳化させた肝油に少量の安息香チンキを添加攪拌してこれに水飴を添加し、服用及び吸収の良好な肝油を得る方法」について記載してあることが認められる。

三、よつて原告の出願にかゝる発明と、右引用例に記載されたところとを対比してみるに、

(一)  先ず原料物質について、本件出願発明は、(a)蝋状物質、(b)脂溶性ヴイタミンAD含有物質、(c)表面活性剤、(d)酸化防止剤を配合することが明記されているにかゝわらず、第一引用例には、右(c)及び(d)を配合する旨の記載がない。

しかしながらこの種ヴイタミンAD剤に酸化防止剤を用いることが、本件優先権を主張する特許の出願期日以前公知の方法であることは、前記甲第一号証の一(原告の本件特許願添付の証明書)中「発明の詳細なる説明」における記載、ことに米国特許第二、二〇六、一一三号に関する説明(ヴイタミンAを含有する原料をハイドロキノンの如き酸化防止剤と共に用いている。)に徴してもこれを認めることができ、第一引用例が原料とした「糠及び米胚芽がヴイタミンADの破壊を防止する」ことは、右明細書にも記載されていることであるから、酸化防止剤は第一引用例のものにも含有せられているものと認定するを相当とし、この点について、審決が十分の審理を尽していないとの原告の(三)の非難も当らない。

(二)  表面活性剤が、第一引用例に使用されていないことは、先に認定したとおりである。

しかしながら第二引用例にはアラビヤゴムが使用されており、ただ使用の当面の目的が肝油を乳化せしむるにあるから、液状において使用し、本件発明の方法のように乾燥固体を得ることを目的とするものとは相違するが、右引用例においてもアラビヤゴムを乳化剤として使用するのは、アラビヤゴムの表面活性作用を利用しているのに他ならず、該アラビヤゴムの使用は、単に乳化作用の外に、本件発明の所期する表面活性原料の消化増進作用をも、当然に併せ有しているものと解せられる。

してみれば前記(一)の説明と相まち、本件出願発明における原料物質はいずれも、本件特許出願前において公知であることが、右両引用例によつて認められるといわなければならない。

(三)  本件出願発明が原料物資中(a)の蝋状物質及び(c)の表面活性原料について、その配合割合を、それぞれ三〇%ないし九〇%及び〇・五%ないし四〇%と記載しているのに対し、前記引用例には、いずれもこれら原料の配合割合について別段の限定を開示していない。

しかしながら蝋状物質及び表面活性原料の配合割合は、その性質及び他の配合成分との関連において相当広範囲にわたり、種々変更することができるものであつて、本件出願発明に記載されたかなり広汎な前記配合割合における範囲も、その臨界的意義は明確でなく、適宜選定することができる範囲を示したに過ぎないものと解せられ、本件発明に特殊なものとは認められない。

(四)  次いで本件出願発明の方法において、製品の形状及び大きさについて、先に認定したような限定がなされているのに対し、第一引用例による製品が、その大きさ形状について、ただこれを丸剤とするという以外には何等の開示もしていないことは、原告の指摘するとおりである。しかしながら製品の形状大きさは使用目的に応じ、適宜に選定し得るところであつて、家畜、家禽用の飼料を用途とする本件発明において、これをほゞその飼料程度の大きさとすることは、その用途から当然なされるべき選定であつて、この点にもまた格別の発明があるとは解されない。

(五)  本件発明にあつては、原料物質の混合物を高温下で流体とし、これを均質になるまで緊密に混和せしめた後、これを小滴化して、冷却凝固せしめることにより、楕円体小片(小球状粒子)を形成することを特徴とするもので、その手段として、遠心力を利用し、または噴霧器具を使用することは、本件明細書(甲第一号証の一)に記載するところである。これに対し第一引用例(乙第一号証)には、原料混合物を加熱してよく混和した後、成丸機にかけて丸剤とするものであることが記載され、両者はその成形手段を異にすることは明かである。しかしながら一般に流体から固形の小粒子を形成するために遠心力を利用することは、既知の技術に属し、被告代理人の例示する粉乳の製造においても、牛乳の蒸発を伴うものではあるが、ひとしく流体を小滴化して、これを固形の小粒状化する手段として、遠心力の利用をなすものであつて、この点において本件発明と軌を同じくするものといわなければならない。

してみれば本件発明において、前記認定のような成形手段を採ることは、この点において格別の発明力を要するものとは解されない。

(六)  本件発明における原料物質及びその配合割合、製品の形状及び大きさ並びに成形手段の各別について、そのいずれもが、原告の優先権を主張する特許出願前公知の事実に属し、格別の特殊性の認められないことは、以上説示するとおりであるが、これら各要素を総合して構成された本件出願発明の要旨そのものについて観察しても、その有する作用効果は、それら既知の各要素の有する作用効果の総和を出でるものとは認め難く、畢竟するに、本件出願発明は、第一、二の両引用例に示された公知の事実から容易に湊合実施されるものであつて、新規な工業的発明を構成しないものと解するのを相当とする。

以上判示と同一趣旨に出でた審決は相当であつて、これを違法としてその取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、上告提起の附記期間について同法第百五十八条第二項を各適用し、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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